髭日記

アメブロからのお引越し。

crooked fault

出会いの印象はお互い最悪に近かった。

…とまでは言わないが、好印象ではなかった。

 

 

出会ったのは22歳の頃だったはず。

バイト先の居酒屋の連中と合コンを設けたが、その合コンも当時は色んなツテでしょっちゅうやっていて月に何回かするイベントのうちの1つとしてくらいしか認識していなかった。

男はみんなバイト先のメンバーで、女の子はバイト先の女の子とその同級生を集めてもらった。確か4対4…だったか5対5か…。それくらい記憶も曖昧な合コン。

 


合コン自体も敢えてココで書くほどのたいした盛り上がった記憶もなく、二次会に行く流れもなかった気がする。ぞんざいな言い方をすれば"アタリ/ハズレ"の"ハズレ"であっただろう。


彼は護りたくなるような繊細な女の子を好み、1人の女の子はスマートでお洒落な王子様を理想としていた。


しかし、

彼はガサツでなれなれしく気が利かない男に見られ、その女の子は気の強くなんでも自分でやってしまいそうな仕切りたがりの女に見られていた。

 


後日、…それもたいして盛り上がったわけでもない合コンだったので翌日とかではなく暫く日にちが経ってから…、『そういえばさ…』くらいの話題としてバイト終わりでメシを食いながらその合コンの反省会…というか愚痴を吐き出す機会があった。

 

お互いに

誰が良かったか

だの

あの子はないわ

だの、お酒も入っていたので多少の話の盛りつけはあったにしても誰もあのメンバーでまた集まろうと言わなかったし、連絡先を交換したとかの話にはならなかった。

 


それからまた暫く経ってから、電話があった。

例の合コンに来ていた女の子の1人だった。

特に何か用があったわけでもなかった。

連絡先を交換していたことすら忘れていた存在だ。

ただ、電話はその後も何回かかかってきたし、かける事もあった。

それでもお互いが"異性の友達"という認識だったと思う。

 

 

暫くして、きっかけは憶えていないが話の流れで映画に行く事になった。

居酒屋のバイト終わりに当時乗っていたバイクでその子を迎えに行き、オールナイト上映の映画だったが…作品名は憶えていない。特別な感情も、勿論、デートという意識もほとんどなかったから。

観終わって映画館の外に出ると雨が降っていた。小雨程度ではなく傘を持ってなければしっかり濡れてしまうくらいの雨だった。

 

当然。濡れながらバイクで走って帰るはめになった。初めて2人で出かけた帰りがコレである。お互いのソリの合わなさが招いた雨なのかとも思いそうなもんだ。

雨の中を走って2人ともびしゃびしゃに濡れながら戻ってきたが、その子の寮に送るのではなく、取り敢えず自然と自分の家に帰ってきた。

 

 

 

同じ朝を迎えて付き合うことになった。

 

 

 

バイト先の連中も学校のツレも呆気にとられていた。それはそうだろう。1番呆気にとられていたのは何を隠そう本人たちなのだから。


後でわかった事だが、お互いに最初は『あの人はない』と一笑に付す程度の相手だった。

 

 

お互いが一人暮らしをしていた事もありほとんど彼女が部屋に来ていて半同棲のような状態が始まった。彼女は女子寮で彼が部屋に行く事ができないために必然的に彼女が彼の部屋に入り浸っていたわけだ。

 


ちなみに、何回かその女子寮に忍び込んで部屋に遊びに行った事はある。見つかったらタダでは済まないであろう事は想像に難くないが、若気の至りであろう。

 

 

最初のキツイ印象とは違い、とても女性的で気が利き、[尽くす]とはまた少し違う空気をまとい、一緒にいてすごく彼は居心地が良かった。彼女自身が《付き合う》事を楽しんでいたのだと思う。

彼女は男性と付き合った経験が全くなく何もかもが初めての経験だった。それが彼にも新鮮だった。

 

 

彼女は学校で調理師の免許のための勉強をしていて料理の腕と知識はさすがと言えるレベルだった。

それまでの食わず嫌いで食べれなかったものがどんどん食べれるようになったし、自炊のノウハウもたくさん教えてもらえた。

 

 

小さな喧嘩は多少はしても揉める事などほとんどなく、それぞれの友達とも混ざって遊んだり、お互いの親にも会い、それぞれの実家に泊めさせてもらえるくらいの付き合いが続いた。まだ大人になりきれてないながらもお互いが《いつか一緒になる》と意識していたし、そのような言葉も出ていたし2人ともそれに抵抗も否定する事もなかった。それが普通だと疑わなかった。

 

 


付き合って2年が経ち、彼は学校を卒業して、彼女も短大を卒業した。

彼は特に大きくはないが企業に就職が決まり、彼女は短大の系列の事務職に就く事になった。


でも、1つ問題があった。


彼の赴任先は東京だった。

 

一緒に東京に…

という話が出なかったワケではない。

ただ、お互い社会人になったばかりでこれからどうなるかもわからない、ヒナが見た目だけいっぱしの成鳥になっただけでまだ飛び方もろくにわからない2人がなんのツテもない東京、社会という大空に飛び出そうという勇気も勢いに身を任せる事もなかった。手を引く方にも引かれる方にもその勇気と覚悟がまだなかった。

 

 

そうなると自然と"遠距離恋愛"という選択肢しか残ってなかった。

お互いに若く、共に惹かれあっているという形の無い《気持ち》だけを頼りにそれができると信じていたから。

 

 

でも、彼にはある種の負い目があった。


自分が東京に赴任する事になったから


勿論、そんな事は彼女には言わない。

そんな事ないよ。自分を責めないで

そう言ってくれるのがわかっていたから。

 

 

彼は東京で、彼女は勤め先の近くの豊田市でお互い新しい生活が始まった。

 

 


彼が社会人2年目を迎えた春に新人の女の子が2人入ってきた。彼の会社では男性社員の平均年齢がかなり高く、1番歳の近い先輩でも一回り以上離れていた事もあり、必然的に新人の子たちとの年齢が近い立場になり会話をする機会も増えていった。

今とは違い、昔なので

彼氏はいるのか?

などという不躾な質問が普通に上司から出ていた時代。

話の流れで

彼女いるんですか?

と聞かれる事があった。

彼は惚気て

いるよ

と答えて、

どんな人なんですか?

というほぼ社交辞令ともいえる質問にも自慢げに答えた。

それくらい《離れていても考えている》と言える状態だった。

 

 

彼は、週末の金曜の夜に夜行バスに乗り、豊田まで行き、彼女の部屋で過ごし、日曜の夜にまたバスに乗り、月曜の朝に東京に戻って仕事に行く…という事を毎月2回のペースで行っていた。

それは東京に行ってすぐに始まり、いつしか後輩たちもそんな行動を知っていて応援してくれて、

今週、行くんですか〜?豊田

と悪戯っぽく絡んできて

おう、行ってくるわ

とドヤ顔でニヤけながら答える。

そして月曜日にまた惚気る。

 

そんな遠距離恋愛が2年ほど続いていた。

 

 

 


ある日、彼女から連絡があった。

連絡は結構マメにしていたと思う。

でも、その日の彼女の声に元気がない。

勿論、過去に元気がない声の時がなかったワケではない。

 


仕事でミスをした

上司がうるさかった

体調が良くない

親と電話でちょっと言い合いになった

友達と意見が合わなかった

テレビがおもしろくなかった


たくさん愚痴も聞いた。


でも、何かが違う。

得てしてそんな時の悪い予感は大概当たるものだ。

 

 

寂しい

 


初めて聞いた。

確かに月に2回しか逢いに行けない。

でも、それは最初に2人で話し合って《無理のないペースで…》という着地点で決めた事。

ただ、それ以外の日の空白を埋めてあげる事は物理的には不可能だった。それも事実。

 

車で30分や小一時間ぶっ飛ばせば逢いに行ける距離ならすぐに走り出していただろう。


でも、電話口で慰める事しかできない。

そして、そんな事では埋めれない事もわかっていた。

 

 

寂しい時は誰が傍にいてもいい

最終的にお互いの場所に戻ってこれば

 

 

 

負い目が言わせた言葉。

歪な約束。

 

 


彼は1人で背負えなかった。

そしてそれを後輩の1人に聞いてもらう。甘えたのだ。逃げたのかもしれない。いや、逃げたのだ。

その後輩は優しく聞いてくれた。

《お兄ちゃん》と慕う仲の良い先輩を心配して支えようとしてくれた。

 

 

 

そして彼女は寂しさに耐え切れる強さもなく彼の言葉に甘えて支えてくれる存在を作った。

彼との約束を全て説明した上で納得してくれる相手を。

 

 

彼は毎日顔を合わせ話を聞いてくれる後輩に少しづつ無意識のうちに惹かれていった。この時の彼はムキになって否定するだろうが。

でも、形は歪にはなってしまったけど《彼女》という存在はいる。そこは譲らなかったし、その線は越えなかった。

 

 

しかし、大きな転機が訪れた。

東京に勤めて2年半が過ぎた頃に名古屋の本社に転勤になるという辞令が出たのだ。

 

その報せを聞き、彼女は喜んだ。

彼が戻ってくる。

もう寂しさを埋めてくれる存在は要らなくなる。

彼が埋めてくれる。

相手にもそれを説明して彼を受け入れる場所を作った。

約束を守って。

彼の帰りを楽しみに待っていた。

 

 

彼は…そうではなかった。

喜べない。

 

 

転勤で地元に戻ってきて彼は彼女の部屋に向かった。

 

彼は打ち明けた。

全てを。想いの丈を。

 

好きな人ができた、と。

約束を守れない、と。

 

 

彼女は納得できない。

自分は約束を守って彼の場所に戻ってきたのに。

 

 

話が最後まで終わる前に、ふと彼女が席を立った。

化粧台のほうに向かい何かを探して、そしてまた戻ってきた。

手にはハサミを持っている。


泣きながら彼女は刃先を彼に向けた。

そして言葉にならない言葉を発して彼に向かってきた。

彼は彼女を抑えて事なきを得たが、少し落ち着き始めた彼女が今度はそのハサミで自分の髪を切ろうとした。勿論、彼はそれもやめさせてなだめた。

その後、どんな話し合いをしてどんなタイミングで彼女の部屋を出てきたのかは記憶にない。

彼女がすっかり落ち着いて(落ち着いて見えて)見送ってくれたのは憶えている。

また今度話そう』とでも言ってたのだろうか。

 

 

 

結局、別れる事になった。

 


何度か

嘘つき

と言われたはずだ。

 

 

確かに嘘をついた。

…かもしれない。

約束を守れなかった。

…かもしれない。

それは否定しない。

 

 

…これは余談になるが、彼はその後、《お兄ちゃん》と慕う後輩と付き合いを始めた。

 

 

 

彼は当時の友達にことの顛末を話した。


仲間はみな、

お前は別に悪くないやろ

寂しさに負けてオトコ作ったそいつが悪い

と言った。


彼は

でも、東京に行って遠距離になる原因を作ったのは俺だし…

俺は約束を破ったし…

と口にしたが、

アホか

と一蹴された。

 

 

何年か後に聞かされた話だが、彼女は彼の友達の何人かに電話をして

彼が私のところに帰ってこない

なんで彼に裏切られたのか

と相談していたらしい。

ふざけるな』『自業自得

と一刀両断に斬り捨てられたらしいが。

 

 

普通に考えたら彼の思考はズレているのかもしれない。でも、歳をとった今でも本気であの負い目を引きずっていて、"自分は約束を守らなかった"という罪の意識はある。

そして、未だにたまに酒の席でこの話題になると笑い話にはなってはいるが、彼はその負い目と罪の意識を仲間から全否定される。

 

 

 

 


さて、ここで問題です。


彼の負い目と罪の意識は必要でしょうか。

 

 

注)この話はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません