髭日記

アメブロからのお引越し。

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133【ゴジラ-1.0】(初)/最近、WOWOWさんにばっかりお世話になってて久し振りにアマプラを覗いたらいつの間にかラインナップされてた。'23年の日本映画なんですけど、つい半年ほど前の11月から公開(ウチの近所は5/16まで公開してます)なのでGWに合わせたとはいえ異例の早さの配信ですね。シリーズ通産では37作目で、国産の実写作品としては通算30作目にあたる"ゴジラ生誕70周年記念作品"だそうです。アカデミー賞で視覚効果賞を受賞(邦画・アジア映画史上初)して話題になった作品です。[シン・ゴジラ]が『シンゴジ』で今作は『マイゴジ』なんですって。みなさん略すの好きね。

やっぱゴジラは日本が作った方がおもしろい。ゴジラが映える作り方をわかってる。ただ派手になる海外作よりもずっとおもしろくて観応えはある。だって今作のゴジラはそんな強烈にしゃしゃり出てこないくらいやし。そんな侘び寂びも国産ならでは。ツラ構えも少し違うし。日本産の方が怖い。ちょっと鼻っ柱とかが犬とかっぽいんですよね。海外はトカゲとか恐竜とかの爬虫類っぽい感じ。動き云々じゃなくてビジュアルが違う。やっぱゴジラはこれじゃないと。でも、今ゴジ(今作のゴジラ)は映るたびに腕の太さや大きさがまちまちやった気がするんやけど、あれは"たまたま"なのか"進化"なのか…。音楽も聴き馴染みのある伊福部昭さんのメインテーマが聴けるのも国産ゴジラのイイところ。これはぼくのイメージなんですけど、《海外の人はゴジラは所謂〈モンスター〉であり破壊者》で《日本ではどちらかというと人間と向かい合う自然界の神(まぁ今作はただの破壊神ですが)》。同じ"原爆(元々のゴジラは水爆)の暗喩でも少し違うんですよね。たぶん。

なんか俳優さんの演技が重く感じたんですけどなんでだろう。ちょっと古いというか。わざとなのかと思うくらい。悪口を言うつもりはないけど褒めるポイントがないというか。舞台の演技とも少し違うんですよね。配役のせいなのか?なんか重厚感が薄いというか(調べてみたらこの監督さんはこーゆー感じの演出するらしいですね)。名前は出さないけど『この人とこの人、この人とこの人が入れ替わってたらもっとしっくりきたかも…』みたいなのはありますね。それか、この言い方が合ってるかどうかはわかんないけど、もっとマイナーな配役でもよかったんじゃないかな…とか考えちゃう。俳優のイメージに引っ張られない、もしくはその影響の少ないキャスティング…というか。でもまぁ、それぞれの演者のファンの方々は楽しめると思います。それぞれにしっかりと魅せ場があるので。そうじゃないニュートラルな距離感で観ると(台詞や世界観も相まって)若干の押し付けがまし感を感じたし、かなり朝ドラ感はありました。ただ、序盤で帰還した敷島を蔑むように叩いていた澄子(安藤サクラ)さんがラストでは『良かったね』とばかりに励ますように敷島を叩いてるという対比の演出は見事でした。ちょっと泣きそうになった。でも1番惹かれた演技は明子(子供)でした。安直な「感動した」とかそーゆー類いではなく〈リアル〉でした。

あと、ストーリーをしっかりと追いたいのなら字幕で観るのをお薦めします。ただ、残念ながらアマプラには字幕機能ありませんでした。できりゃこれからは邦画にも字幕機能つけてくんねぇかな(Netflixでは切替できる)。

特撮はすごいです。ハリウッドに決して負けてないし引けを取らない。そりゃ《アカデミー賞・視覚効果賞受賞》してるからそうなんですけど、その肩書は伊達じゃない。戦後の街並みも人のタヒに様も見事でした。ただ、もっと〈血〉の描写があると更にリアルやったと思います(ほとんど血を流さずにタヒんでったので)。銀座襲来のシーンとかワクワクしました。何回でも観れる。過去作とかでよく似たシーンを何回も何十回も観てきたけどそれでも十分に観応えありました。歩く足下が重さで崩壊する(全部がめくれるわけではないので地下鉄か地下街とかなのかしら)一瞬のシーンでも崩れてめくれる瓦礫と一緒にちゃんと人が巻き込まれて飛んでるんですよ。細かい。その後で歩く足元でちゃんと人を踏んでるし。冒頭の大戸島で口を使って暴れる姿もよかったですね。それが捕食じゃないのがいいじゃないですか(『ゴジラは人間を捕食してはいけない』という東宝レギュレーションがあるそうです)。〈縄張り〉という概念も新鮮でした。背鰭のギミックに『え?』と思ったけどなんかロボが必殺技を出す前の予備動作っぽいかったしそんな嫌いじゃないです(尻尾の先やら背中一面からビーム出したり顎がパッカーと割れるより全然マシ。ずっとマシ)。街を壊滅させる爆風が押し寄せてその後すぐに今度は爆風が引くんですよ。あれって最初は衝撃の爆風でその後は爆心地が燃えて吹っ飛んで真空になった事で吸い戻される現象やと思うんです。すごいですよ。そこまで見せないよ、普通。吹き飛ぶ描写だけでも成立するもん。アレが光初めてからここまでの一連の流れ、1番好きなシーンでした。それと、あの電車を使ったプロット、数日前に別の作品のクライマックスでよく似たのん観たばっかやがな。それもドデカいスケールの。笑っちゃった。初代のオマージュなんでしょうし、ぼくが観たタイミングが悪いだけなんでしょうけど。あと、群衆の中で一際目立つ橋爪功さんいましたね。帽子なり眼鏡なり何かしらの変装もなく"剥き身の橋爪功"やったのでちょっと笑いました。エキストラらしいけど存在感ありすぎでしょ。ビルの屋上で実況してた記者たちの描写が、最初はすごく〈取ってつけた感〉みたいなのがあった(崩落して落ちていくシーンはリアルで良かった)けど、後々"水中拡声器作戦"を説明する学者(野田・吉岡秀隆)が居酒屋で『先の上陸時に"録音した"ゴジラの声を流すんです』と言ってた音源に繋がると思うので上手い仕込みやと感心しました。

ツレが今作を観た後の感想で『恐ろしく面白かった。ハリウッドからも庵野からも取り返した気がした。特にアメリカから戻って来た気がして嬉しかった。ハリウッドに負けてないね』てLINEしてたけど、すごくよくわかる気がする。

でも、なんでオールオッケーのハッピーエンドにしたの?(正確には「オールオッケー」ではないだろうけど)。もっと無慈悲でいいでしょ。そこが違ってればもっと印象に残る映画になってたと思う(「ぼくの場合は」ですけど)。まぁ『生きて抗え』というコピーからすればあの流れや着地点なのはしゃあないのかもしれんですかね。ただ、あのシーンの後でケロッと生き延びられてもねぇ。大円団が散っちゃうの。首筋の"アレ"が"細胞"を揶揄して整合性を取ったのかもしれんけど、『んじゃいつからなのよ?』ってなりますやん。あの後の"封鎖されてた銀座"で?それしかないよね。でも、するってーとあの大ジャンプは典子さんの自力?それもなかなかすごいけど(落ちるにしてもあの鉄棒のくだりなくしてそのまんま落ちればまだ少しはマシやったし、そもそも何人か車内に残して1人だけにしなけりゃあんな悪目立ちしなかったのに)。それなら"黒い雨"を浴びてた敷島も?…となりますよね。ただ、母に会いたいと泣きじゃくるほどだった明子(子供)がやっと会えたあの状況で母親に駆け寄る事はおろか呼びかける事すらしないのは気味の悪い何かを含んだいやらしいよく考えた演出ですよね。あと、これは他の人が考察してたんですけど、典子がいた病室が《個室》の意味。あの時代で、大規模災害級で甚大な被害者数のはずで、ましてやあの特別に豊かとは言えない生活基準の患者なら本来なら大部屋の病室のはず、と。部屋の前に警備や禍々しい研究者がいればもっとわかりやすかったのかもしれませんが(たぶん敢えてそれをしてない)。そーやって考えると、これは単純なハッピーエンドなのか次に繋がる悪夢の始まりなのか、ズルい終わらせ方ですよ(続編を期待してるワケではないし、個人的にはなくていいと思ってます。いい意味で)。

"敬礼"はもっと『?』でした。アレ要ります?敷島の特攻に対してのモノであってもおかしい。違うから。んじゃゴジラに対してなのかって話ですよね。調べてみたところ、ノベライズ版では『彼らはゴジラに向かって敬礼を始めた』と記されてるそうです。〈敵だった者に対しても敬意を払う誇り高き軍人〉ってことの描写なのかもしれませんけど、銀座を蹂躙して3万人を犠牲にしたゴジラに向かって敬意を払うのはいささか美化し過ぎてる印象も持ちました。もし仮に自分の家族や大切な人を奪い、国を滅ぼそうとしてた相手に対して敬意を払う事が美徳だとしてもそりゃ無理でしょって。〈美しいシーン〉として入れたかったのかもしれんけど終始『?』でした。


…とまぁ、何やかんや言うても《アレ》よりはずっとずっと良くできたゴジラ映画でした。おもしろいです。銀座の映画館で観たかった作品。


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モノクロ版の【ゴジラ-1.0/C】(ゴジラマイナスワン/マイナスカラー)ってのも作られてます。でもあのキレイな青色を観たら『カラーの方がいいよなぁ』ってなってます。一応観たけど。

 

 

勝106

分20

負7